行列の最小多項式を用いると、ジョルダン標準形の形を知ることができる。
ここでは、最小多項式の定義と性質、求め方について解説する。具体的な行列に対して最小多項式を求める演習問題を解きながら、手順を理解しよう。
また、固有多項式と最小多項式を用いてジョルダン標準形を分類する。
ジョルダン標準形を構成するジョルダン細胞については前回の記事を参照のこと。
[mathjax] これから学ぶジョルダン標準形を形成する要素である、ジョルダン細胞(またはジョルダンブロック)について述べておく。 ジョルダン細胞の表し方と、n乗の計算について考えていく。 ジョルダン細胞とは 次の[…]
最小多項式とは
\(A\)を\(n\)次正方行列とする。
モニック多項式
$$f(\lambda)=a_n\lambda^n+a_{n-1}\lambda^{n-1}+\cdots+a_1\lambda+a_0 (a_0,\cdots,a_n\in\mathbb{C})$$
に対し、行列\(A\)を代入して得られる行列
$$f(A)=a_nA^n+a_{n-1}A^{n-1}+\cdots+a_1A+a_0E$$
を定義する。
このとき、\(f(A)=O\)となるもののうち、次数\(n\)が最小かつ最大次数の係数が\(a_n=1\)であるものを\(A\)の最小多項式といい、\(f_A(\lambda)\)とかく。
最小多項式の性質を述べる前に、重要な定理であるケーリー・ハミルトンの定理(CH定理)を紹介しておく。
ケーリー・ハミルトンの定理
現在の課程からは外れてしまったようだが、高校の数学Cにおいて2次正方行列に関する重要な定理を学んだ。
\(A=\left(
\begin{array}{cc}
a & b \\
c & d
\end{array}
\right)\)のとき
$$A^2-\mathrm{tr}A+\mathrm{det}E=O ⇔ A^2-(a+d)A+(ad-bc)E=O$$
が成り立つ。これをケーリー・ハミルトンの定理と呼んだ。(実際に成分を計算することで簡単に確かめることができる。)
この式は、多項式\(\lambda^2-(a+d)\lambda+(ad-bc)\)の\(\lambda\)に行列\(A\)を代入すると零行列になることを意味している。
この定理を一般形に拡張すると、次のようになる。
\(n\)次正方行列\(A\)の固有多項式を
$$\phi_A(\lambda)=\mathrm{det}(A-\lambda E)$$
とすると
$$\phi_A(A)=O$$
が成立する。これをケーリー・ハミルトンの定理という。
この定理によって、ある行列を代入すると零行列になるような多項式が常に存在することが担保される。
したがって、その中で次数が最小となる多項式すなわち最小多項式も存在する。
最小多項式の性質
\(A\)を\(n\)次正方行列とする。
(証明)
\(f(\lambda)\)を\(f_A(\lambda)\)で割った商を\(q(\lambda)\)、余りを\(r(\lambda)\)とすると
$$f(\lambda)=f_A(\lambda)q(\lambda)+r(\lambda)$$
が成り立つ。ここで行列\(A\)を代入すると
$$f(A)=f_A(A)q(A)+r(A)$$
となるので、\(f(A)=O\)および\(f_A(A)=O\)から\(r(A)=O\)である。
\(r(\lambda)\not=0\)と仮定すると、最小多項式\(f_A\)よりも次数の低い多項式が存在することになり、矛盾する。
よって\(r(\lambda)=0\)である。
したがって、\(f(\lambda)\)は\(f_A(\lambda)\)で割り切れる。
(証明終)
特に、固有多項式\(\phi_A(\lambda)\)は最小多項式\(f_A(\lambda)\)で割り切ることができる。
最小多項式を求める際にはこのことを利用する。
(証明)
行列\(A,B\)が相似であるとは、ある正則行列\(P\)が存在して
$$A=P^{-1}BP$$
が成立することをいう。このとき
$$A^n=(P^{-1}BP)^n=P^{-1}B^nP$$
となる。
さて、多項式\(f(\lambda)=a_n\lambda^n+a_{n-1}\lambda^{n-1}+\cdots+a_1\lambda+a_0\)とおくと
\begin{align*}
f(A)&=a_nA^n+a_{n-1}A^{n-1}+\cdots+a_1A+a_0E \\
&=a_nP^{-1}B^nP+a_{n-1}P^{-1}B^{n-1}P+\cdots+a_1P^{-1}BP+a_0E \\
&=P^{-1}(a_nB^n+a_{n-1}B^{n-1}+\cdots+a_1B+a_0E)P \\
&=P^{-1}f(B)P
\end{align*}
が成り立つ。
これより、\(f(A)=O\)と\(f(B)=O\)は同値であり、最小多項式も一致する。
(証明終)
練習問題
具体的な行列の最小多項式を計算してみよう。
つぎの行列の最小多項式を求めよ。
\[A=\left(
\begin{array}{ccc}
8 & 0 & -1 \\
-2 & 7 & 2 \\
1 & 0 & 6
\end{array}
\right)\]
最小多項式は固有多項式を割り切る。まず固有多項式を求めて最小多項式の候補を絞り込み、その中から零行列になる最小次数のものを探す。
(解)
\(A\)の固有多項式は
\begin{align*}
\phi_A(\lambda)&=|A-\lambda E|=\left|
\begin{array}{ccc}
8 & 0 & -1 \\
-2 & 7 & 2 \\
1 & 0 & 6
\end{array}
\right| \\
&=(8-\lambda)(7-\lambda)(6-\lambda)+(7-\lambda) \\
&=(7-\lambda)(\lambda^2-14\lambda+49) \\
&=-(\lambda-7)^3
\end{align*}
よって、最小多項式は\(\lambda-7,(\lambda-7)^2,(\lambda-7)^3\)のいずれかである。
\[A-7E=\left(
\begin{array}{ccc}
1 & 0 & -1 \\
-2 & 0 & 2 \\
1 & 0 & -1
\end{array}
\right)\]
\begin{align*}
(A-7E)^2&=\left(
\begin{array}{ccc}
1 & 0 & -1 \\
-2 & 0 & 2 \\
1 & 0 & -1
\end{array}
\right)\left(
\begin{array}{ccc}
1 & 0 & -1 \\
-2 & 0 & 2 \\
1 & 0 & -1
\end{array}
\right) \\
&=\left(
\begin{array}{ccc}
0 & 0 & 0 \\
0 & 0 & 0 \\
0 & 0 & 0
\end{array}
\right)
\end{align*}
したがって、最小多項式は
$$f_A(\lambda)=(\lambda-7)^2$$
である。
このように、固有多項式を求めて次数の低いものから\(A\)を代入し、最初に零になった多項式が最小多項式である。
ジョルダン標準形の分類
\(n\le3\)のとき、固有多項式と最小多項式が分かればジョルダン標準形が定まる。
2次正方行列のジョルダン標準形は下表のように分類できる。
固有多項式 | 最小多項式 | ジョルダン標準形 |
$$(\lambda-\alpha)^2$$ | $$\lambda-\alpha$$ | \[\left( \begin{array}{cc} \alpha & 0 \\ 0 & \alpha \end{array} \right)\] |
$$(\lambda-\alpha)^2$$ | $$(\lambda-\alpha)^2$$ | \[\left( \begin{array}{cc} \alpha & 1 \\ 0 & \alpha \end{array} \right)\] |
$$(\lambda-\alpha)(\lambda-\beta)$$ | $$(\lambda-\alpha)(\lambda-\beta)$$ | \[\left( \begin{array}{cc} \alpha & 0 \\ 0 & \beta \end{array} \right)\] |
次に、3次正方行列のジョルダン標準形は下表のように分類できる。
固有多項式 | 最小多項式 | ジョルダン標準形 |
$$(\lambda-\alpha)^3$$ | $$\lambda-\alpha$$ | \[\left( \begin{array}{ccc} \alpha & 0 & 0 \\ 0 & \alpha & 0 \\ 0 & 0 & \alpha \end{array} \right)\] |
$$(\lambda-\alpha)^3$$ | $$(\lambda-\alpha)^2$$ | \[\left( \begin{array}{ccc} \alpha & 1 & 0 \\ 0 & \alpha & 0 \\ 0 & 0 & \alpha \end{array} \right)\] |
$$(\lambda-\alpha)^3$$ | $$(\lambda-\alpha)^3$$ | \[\left( \begin{array}{ccc} \alpha & 1 & 0 \\ 0 & \alpha & 1 \\ 0 & 0 & \alpha \end{array} \right)\] |
$$(\lambda-\alpha)^2(\lambda-\beta)$$ | $$(\lambda-\alpha)(\lambda-\beta)$$ | \[\left( \begin{array}{ccc} \alpha & 0 & 0 \\ 0 & \alpha & 0 \\ 0 & 0 & \beta \end{array} \right)\] |
$$(\lambda-\alpha)^2(\lambda-\beta)$$ | $$(\lambda-\alpha)^2(\lambda-\beta)$$ | \[\left( \begin{array}{ccc} \alpha & 1 & 0 \\ 0 & \alpha & 0 \\ 0 & 0 & \beta \end{array} \right)\] |
$$(\lambda-\alpha)(\lambda-\beta)(\lambda-\gamma)$$ | $$(\lambda-\alpha)(\lambda-\beta)(\lambda-\gamma)$$ | \[\left( \begin{array}{ccc} \alpha & 0 & 0 \\ 0 & \beta & 0 \\ 0 & 0 & \gamma \end{array} \right)\] |
4次以上の場合は、特別な場合の\(\mathrm{rank}\)を計算して場合分けをする必要がある。
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