一般に行列の積は計算が煩雑であり、行列の累乗を求めるためには非常に労力がかかってしまう。
しかし、行列が特定の形状をしている場合は比較的簡単に計算することができる。
ここでは、2次正方行列についてn乗計算の4つのパターンを紹介する。
次数が下げられる場合のn乗
\(A^2=kA\)の関係があるとき、\(A\)の\(n\)乗は次のように計算することができる。
(証明)
順番に次数を下げていくことで示される。
\[
\begin{align*}
A^n&=A^{n-2}A^2=A^{n-2}kA \\
&=kA^{n-1} \\
&=k^2A^{n-2} \\
&~~\vdots \\
&=k^{n-1}A
\end{align*}
\]
(証明終)
これは、ケーリー・ハミルトンの定理
$$A^2-(a+d)A+(ad-bc)E=0$$
で\(ad-bc=0\)の場合に相当する。
\(a+d=0\)のときは場合分け、\(a+d\not=0かつad-bc\not=0\)の場合は剰余の定理と組み合わせてn乗の計算が可能である。
対角行列のn乗
\[A = \left(
\begin{array}{cc}
\alpha & 0 \\
0 & \beta
\end{array}
\right)\]
のように、\(A\)が対角行列のときは
\begin{array}{cc}
\alpha^n & 0 \\
0 & \beta^n
\end{array}
\right)\]
数学的帰納法により証明される。
(証明)
\(n=1\)は明らか。\(n=k\)のときに成立すると仮定する。
\[\begin{align*}A^{k+1} = A^kA &= \left(
\begin{array}{cc}
\alpha^k & 0 \\
0 & \beta^k
\end{array}
\right)\left(
\begin{array}{cc}
\alpha & 0 \\
0 & \beta
\end{array}
\right) \\ &=\left(
\begin{array}{cc}
\alpha^{k+1} & 0 \\
0 & \beta^{k+1}
\end{array}
\right)\end{align*}\]
よって\(n=k+1\)のときも成立するため、数学的帰納法によりすべての自然数\(n\)で成立する。
(証明終)
対角行列の\(n\)乗については、\(n\)次対角行列であっても対角成分を\(n\)乗すればよい。
上三角行列・下三角行列のn乗
上三角行列、下三角行列の\(n\)乗は次のように与えられる。
\[A = \left(
\begin{array}{cc}
a & c \\
0 & b
\end{array}
\right),B = \left(
\begin{array}{cc}
a & 0 \\
c & b
\end{array}
\right)\]
のとき、
\[A^n = \left(
\begin{array}{cc}
a^n & c(a^{n-1}b^0+a^{n-2}b^1+\cdots+a^1b^{n-2}+a^0b^{n-1}) \\
0 & b^n
\end{array}
\right)\]\[B^n = \left(
\begin{array}{cc}
a^n & 0 \\
c(a^{n-1}b^0+a^{n-2}b^1+\cdots+a^1b^{n-2}+a^0b^{n-1}) & b^n
\end{array}
\right)\]
証明は数学的帰納法による。
特に、対角成分がすべて1であるとき
\[A = \left(
\begin{array}{cc}
1 & c \\
0 & 1
\end{array}
\right),B = \left(
\begin{array}{cc}
1 & 0 \\
c & 1
\end{array}
\right)\]
の\(n\)乗は次式で与えられる。
\begin{array}{cc}
1 & nc \\
0 & 1
\end{array}
\right),B^n = \left(
\begin{array}{cc}
1 & 0 \\
nc & 1
\end{array}
\right)\]
さらに、2次正方行列のジョルダン標準形\(J\)の\(n\)乗についても次のように与えられる。
\[J = \left(
\begin{array}{cc}
a & 1 \\
0 & a
\end{array}
\right)\]
\begin{array}{cc}
a^n & na^{n-1} \\
0 & a^n
\end{array}
\right)\]
やや複雑な形をしているが、様々に応用の効く公式である。
回転行列のn乗
原点まわりの\(\theta\)回転を表す行列
\[A=\left(
\begin{array}{cc}
\cos\theta & -\sin\theta \\
\sin\theta & \cos\theta
\end{array}
\right)\]
の\(n\)乗は次式で与えられる。
\begin{array}{cc}
\cos n\theta & -\sin n\theta \\
\sin n\theta & \cos n\theta
\end{array}
\right)\]
帰納的に証明することができるが、\(\theta\)回転をn回繰り返すとみれば合計の回転角は\(n\theta\)と考えればよい。
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